〔おはなし〕ペケポンに眠る空 前編

「今日はマイクロダイエットに成功した佐藤さんにお越しいただきました。」


いつもの調子でマイク左手、ハンカチ右手、蝶ネクタイに首を絞められた司会者は苦しそうに声を張り上げながら喋っていた。この、九官鳥を絞めた時にでも出すかのような声をいとも簡単に出してのける司会者にはいつもながら頭の下がる思いであったが、今日に限っては彼の贅舌を聞く余裕などはなかった。午後からは初めての出社が控えていたからだ。


東京の大学を卒業し、晴れて新社会人になったはずの俺は、4月、出社後に晴れて地獄を見た。出社するはずの会社があった場所には、何故かファーストリテーリングのユニクロが入っていた。店内に入って確めたが、面接をした応接間はずらりと並ぶ試着室々になっていた。この事実を知る前、そう3月に着た友人からのメールには、既に新人研修が始まっていて「毎日クタクタで大変だよ・・・」なんてボヤキがあったが、この時期になっても何の連絡も来ない俺には、「うちの会社はまだだよ、忙しいのかなあ?」なんて送りかえしていた。このときは、まさか夜逃げで忙しかったなんて思いもしなかった。


あれから3年が経っていた。
人気コミック・NHKへようこその主人公と同じような生活を送り、まさに俺は廃人一歩手前の状態だった。そんな時、俺の噂を聞きつけた元カノから、彼女の伝で仕事を紹介してもらうことになった。彼女の性格からいえば、元カレの俺がこんな悲惨な生活をしているのを聞き、同情から見るに見かねて口を利いてくれた・・・という訳ではなく、おそらくは彼女のプライドが許さなかっただけなのだろう。なにせ、自分と付き合う男(付き合った)は全て優秀でなければならないと考えている女だから。俺が無職、NEETじゃ困るわけだ。


まあそんな事もあり、話はトントン拍子で進み、途中、これまでの俺の素性が露見しそうになった場面もあったが、”彼女の友人ならば”という事で最終決定が下りた。何かが腑に落ちなかったものの、とりあえずこれでカップラーメンの生活から逃れることができるかと思うと、プライドなんてものはどうでもよかった。


初給料で何を食うかを考えているうちに、時計の針は12時を回っていた。もう行かなくてはならない時間だ。初日から遅刻というのは避けたい。ただでさえ俺の現時点のポジションは”彼女の友人”なのだ。これ以上格下げされては困る。それに美味い飯が食いたい・・・。ひねもすのたりのたりとカップラーメン一杯に時間をかけるのはもう御免だった。