〔おはなし〕ペケポンに眠る空 後編

電車に乗る。青いラインが走り出すと波のように見える電車、京浜東北線
窓からはその優美な姿は見えない。しかしそれでよかった。もう見ることのない景色を脳裏に浮かべ、俺は新しい生活への一歩を今まさに駆け上がろうとしていた。
「次は田町〜、田町です。」
車両に響き渡る車掌の声。大学に通っていた頃には何度も聞いた声だったが、この日の声は格別美しいように思えた。


改札口を抜け、会社へと向かう。
道順はしっかりとメモ用紙書いてきた。
無くしてしまった時用に、手の平にもしっかりと書いてきた。
これで道に迷うはずがない。
俺は手のひらを凝視した。
煙草屋の角を右に曲がり、丁字路を右折し、ガストとデニーズの前を横切り、ブックオフを左に曲がる。それから100mほど歩き、右手にヤマサのポン酢の看板が見えたら・・・。そこまでで手のひらに書いた地図は消えていた。汗をかきすぎたのか、しっとりと濡れる手のひらから香ようマジックインキの臭いは臭かった。もう一つの地図を取り出そうとポケットに手を入れた。小銭の音がちゃらちゃらと鳴ったが、紙に触れるあの感覚が伝わって来なかった。
「落としたのか・・・。」
みるみるうちに顔から血の気が引いていくようだった。今ならば、青くなってしまったドラえもんの気持ちも分かる気がする。


冷静に、落ち着いて。
俺は自分にそういい聞かせながら、携帯に会社の電話番号を入れていた事を思い出した。かくなる上は電話で聞くしかない、たとえ恥をかいてでも背に腹は変えられない。携帯のジョグを回し、通話ボタンをプッシュした。
3回の呼び出し音。
そして俺の言葉を遮るお姉さんの声が来た。
「ただいまこの電話は使われておりません。」



ありえない光景。
ありえない一瞬。
俺の中のよからぬものが全て飛び出してきた感覚。
ジョジョビジョヴァーーー。
そしてまた全て戻ってきた感覚。
俺の出社童貞はいつ卒業できるのだろうか。