人生というダイナミズムに飲み込まれて

世界の歩き方がわからないで泣いている子供がいました。
わたしのことです。



わたしが街で出逢う人たちは、皆いつも忙しそうに歩いていた。
みんなみんな、どこかわからない場所に向かって猛スピードで歩いてゆく。
彼らに話しかけても返事が返ってこない。
むしろ、私の存在にすら気付いていないようにも見えた。
それほどまでに忙しい毎日を送っているのだろう。
そう思い、この場を離れた。


そんな中、ふと街灯の下で本を読んでいる人に出会った。
彼はその場にゆったりと腰を下ろし、優しくも厳しい目で本とにらめっこしていた。
わたしは思い切って彼に話しかけてみた。
「どこへ向かっているの?」
ただ、そう聞いてみた。
彼は一瞬、不思議そうな顔をしたものの、すぐさまニコっと微笑み、答えてくれた。
「素晴らしいところさ!」



回答の内容よりも何よりも、返事があったことに驚いた。
これまで私が語り続けた人たちは、誰もが無口だったから。
中には、どうしてそんなことを知りたがるんだ?お前はバカじゃないのか?イマを見なさいよ!といった顔をして去ってゆく人すらいた。
でも彼は違った。
自信溢れる笑顔で答えてくれた。
”素晴らしいところだ”と。
その回答には、口先の言葉だけではない、真実があったように思えた。
そして、その人の左手には地図があった。
わたしはその地図がどうしても気になり、見せてほしいと懇願した。
彼は快く見せてくれた。
地図には中央にたった一つだけ☆が書かれていた。
わたしは思わず泣きそうになった。
求めていた答えがやっと見つかったかと思ったら、実はなんでもないただのマークがそこにあっただけだったから・・・。


彼は、そんなわたしの様子を見て、笑いながら喋りだした。
「それがキミであり、ボクなんだよ」


彼は続けた。


「見てごらん。中央に☆が一つみえるだろう?」
「うん。」
「じゃあ、この地図を太陽にかざしてもう一度見てごらん。」
「・・・うん。」



わたしはその言葉の意味も分からず、地図を天高く持ち上げ、太陽の光にかざした。
するとそこから無数の光が差してきた。



「うあっ」



あまりの眩さで、一瞬目を閉じた。
瞼を開いた次の瞬間、私の目に映ったのは、無数の星の形をした穴に太陽の光が差し込む姿だった。


隣で一緒に地図を見上げていた彼が優しく語り掛けてきた。
「見えたかい?ね、ちゃんとそこにいただろ? 普段見えないものを見るのには、ちょっとした工夫がいるのさ。今回は太陽がそれを教えてくれたんだよ。」
私は彼に地図を返した。
その地図を受け取った彼は言った。
「今、どんなに辛くて険しい暗い道を歩いていたって、いつかは必ずココに、この☆の場所に戻ってくるんだ。だから一生懸命に歩くんだ。前を向いて歩くんだ。後ろは振り返るな。ただひたすら前に向かって歩くんだ。そして、疲れたら立ち止まってこの☆のことを思い出すんだ。そうやってまた歩きだせ!」



彼の言葉は私の出発点になった。
そうして私も道を歩きはじめた。
数歩、前に向かって踏み出した時、ふと、ポケットに何かが入っているような気がした。
手をいれてみる。
・・・地図だ。
どうして?さっきまではなかったはずなのに?
もしかして、気付いていなかっただけなのかも・・・。
私は何も持たずにこの世に生まれたと思っていたから。
そう思っていたから、こんな大事なものがポケットに入っていることにも気付かなかったんだ。



早速、地図を太陽に透かして見る。
中央の星ひとつ、そこから光が差してくる。
でも、さっきのような眩い光は見えない。


「言ったろ?前に向かって歩けって。」
さっきの彼が、遥か後ろから語りかけてきた。
「見える時が来たら見えるようになるんだ。だから何も心配することはない。今はただ歩けばいい。がんばれ、小さな旅人!」


その言葉を受けて、私はポケットに地図をしまい、再び歩きだした。




拙い足取りで前に進む私の背中を、彼は見ていた。
そして小さく呟いた。


”ボクもキミもこの世の旅人。
 いつかまた必ず出逢う。
 その時、どんな世界が見えるのか。
 考えただけでもワクワクしないか?
 もう一度出逢うとき、キミはもっと強くなっているだろう。
 なにせ、辛く険しい暗い道を歩いてきたんだから。
 そしていつか、がむしゃらに歩いてきた自分を誇りに思う時が来たなら、静かに眼を閉じるんだ。
 その時が来るまで、ボクらは同じ場所に還る道を歩き続けよう。



 「さようなら、小さな旅人さん。
  また会う日までの、しばしのさようなら。」



彼は笑顔で手を振った。


これ、絵本にしてみようかな〜と悩んでいた作品です。
ちっちゃい子に読んでもらいたいけれど、言葉を変えなきゃ読みにくいだろうなあと・・・(汗。絵本って難しいなぁ、ホンマ。