遠く遠く

遠く〜遠く〜はなれていても〜♪
ボクのことがわ〜かるよ〜うに♪
力いっぱい羽ばたける日を〜♪
この街で向か〜えたい〜♪
 Song by 槇原敬之 「遠く遠く」



俺はさすらいの美容師、ジョン・千次郎。
今は北九州の辺りをうろついている。
薄汚れたマントにベレー帽、パイプタバコ、それが俺のトレードマークだ。
因みにこのマントは3年ほど洗ってない。
正直臭くて仕方がないのだが、それもまた運命だと思っている。



「おっと、お客さんが来たようだ。いかにも、ってな頭をしていやがる。これが刈らずにいられるかってんだ。なあ、クロハチ。」
「わん!」
「さあ、刈りにゆくぞ・・・。」





俺のお客の捕まえ方はいつもこうだ。
まず後ろからそっと近づく。そうしてお客との距離が1mになるかならないかのところで、両腕・両手首を巧みに使い、相手を落とす。落とした相手が地面に転がるときに怪我をしないように、クロハチがそれを見事にキャッチする。
この一連の流れ作業を俺は「ムーンウォークセレナーデ」と密かに呼んでいる。
この名前、俺の尊敬するミュージシャン、マイケル・ジャクソンから一文字とったものだ。



さて、今日もこうして無邪気にお客を捕まえたわけだが、問答無用でいきなり刈るわけではない。ちゃんと相手の好みを聞くところからはじめるのがプロだ。彼の場合は・・・
「・・・んむ。そうか。そうであるか。」




斜めモヒカンらしい。




髪型が決まったらもう一つやることがある。刈る前には必ず肩揉みからはじめるのだ。お客へのリラックスも忘れないのが、私流のやり方である。


・・・よし、これくらいでいいだろう。
これからハサミをいれる。








「せんじろうさん!やめて!」




「おみつっ!お前、どうしてここに。」
「あなたを追ってここまで来たのよ!途中、下関の人に聞いたら、何でも昨日、汚いマントをつけた頭のおかしいまぬけ面のきつねみたいな人っぽいような人が船に乗ったって船頭さんが・・・。」
「そこまで言うか、あの船頭・・・。」
「あなた、もうこんなことをするのはおよしになって。早く実家の日暮里に帰ってきてくださいまし。もうお父様もあなたのことをお許しになってますわ。」
「・・・すまんがそれはできねぇ。いくらお前の頼みでもできねえんだ。」
「どうして。。。」
「俺には刈らねばならぬ人がいる。彼らがいる限り、俺の旅は終わらねぇんだ。」
「あなた・・・。」
「すまねぇ、おみつ・・・。」
「わかったわ。あなたは昔からそうですものね。でもお夕飯までにはちゃんと帰ってくるのよ?」


「うん。」





夕暮れが
俺とクロハチの背中を照らす頃
そっとおみつの優しさが
身にしみた。


刈らねばならぬ人がいる
刈ってもらいたい人もいる
人は情け、この世も情け
同じ情けにゃ、刈らねば孫孫
今日もまた、新たな頭を見つけに刈りに行く


第一話  刈らねばならぬ何事も     〜完〜