がんばる虎次郎

「今日がんばれば、明日からは5連休が待っている!」
そんな甘い言葉にだまされて、男は東の国へやってきた。この国では誰もが仕事を持っている。毎日何かしなければ生きていくことすらままならない、そんな忙しい国だ。
当然、男もまた何かしらの仕事に就かなければならなかった。小一時間悩みに悩んだ挙句、男が選んだ仕事は大道芸人。、満足に笛も吹けぬというのに、大道芸人だ。
早速、路上にダンボールを敷き詰め、男は笛を吹いてみた。しかし、へたくそな笛の音に足を止めてくれる人もおらず、時間だけがただただ流れていった。


そうこうしているうちに日が暮れた。
男は無性に腹が減った。何か食べ物はないか?辺りを見回してみる。するとマクドナルドのハンバーガーが転がるようにおいてあった。黄色い包み紙に包まれたそのハンバーガーは、腹の空いた男の目にはまるで黄金のように輝いて見えた。
男は思わず包み紙を開けようとした、が、何やら注意書きがあるではないか。腹は減っているものの妙に律儀なこの男は、注意書きの内容を読み始めた。それは各種保険加入時に読まされる、あのめちゃ小さい字で書かれた保険内容の説明よりもさらに細かい字で書かれたものだった。そこにはこう書いてあった。


”このハンバーガーを食べようとする者に告ぐ。己が男前であると思うならば食べるべし。そうでないと思うなら元あった場所へ返すべし。己が男前でないのにもかかわらずハンバーガーを食べた場合、その身は朽ちるだろう。”



「その身は朽ちるだろうだと?まさか毒入りハンバーガーだというのか?」
だが、包み紙の中からうっすらと見えるハンバーガーは、とても美味そうな臭いを撒き散らし、食欲をそそる狐色したバンズを覗かせている。
男は自分の顔を手探りで撫で回した。
「なるほどこれが男前か?・・・いや、そうに違いない。むしろ、そうあるべきだろう。」
顔を撫で回し男前かどうかを確かめた男は、大きな口を開けハンバーガーにかぶりつこうとした。が、やはり一抹の不安が脳裏を過ぎる。
「もし万が一、男前でなかったら・・・。」
ふと目の前を通りがかった女性に男は声をかけてみた。
「あのう、俺は男前でしょうか?」



それから半年がたった。
今ではこの男、トレンディードラマの俳優を務めている。もちろん飯も、好きなものを好きなだけ食べられるようになった。男は現状にとても満足している。
遡ってちょうど半年前、ハンバーガー食べたさに男が声をかけたあの女性が、テレビ局の敏腕プロデューサーであった。彼女は、どう見ても次長課長の河本にそっくりなこの男の発した言葉に感銘を受けたのだ。敏腕プロデューサーである彼女は直感的にこう思った。「こいつは売れる」。
その直感は見事に的中し、彼は銀幕スターとなった。もちろんきめ台詞は、「あのう、俺は男前でしょうか?」だ。男がセリフを言う時には必ず、ハンバーガーを片手に持たせた。それが人々の心を捉え、その言葉に涙する老齢の視聴者すらいた。
後に男は雑誌のインタビューで過去を振り返り、こう答えた。
「あのハンバーガーが僕の人生を変えました。」
しかし記事を読んだ誰もが思った。彼の人生を変えたのはハンバーガーでも何でもなく、彼の人柄そのものであったと。