ここはジャマイカ

 ここはビルの8階の大きな部屋。普段は会議なんかに使うらしいが、今日はボクだけの専用の場だ。その部屋の窓側の席に座る。流石に一人で冷房を使うわけにはいかないので、窓を開けた。さわやかな風が部屋に入ってくる。この風に誘われて、ボクはまた地図帳を開いた。



 緑に覆われた街が見たかった。深く蒼い緑に覆われた街がそこにはあると信じていた。だが、ボクは浅はかだった。
 ここはドイツのシュバルツバルト。中世の頃には、通り行く人々に不思議な力を与えてくれる神秘の森であったという。そんな森の中でボクは道に迷った。現代版ロビン・フッドとの出会いを期待して、彼のいる森の中へと、彼のいる森の街へとお邪魔しようと考えたのがそもそもの間違いだった。
 道に迷って3時間が経った頃、ボクの手は止まった。もしかしたら、ここはハロースイスーかもしれない。そんな不安が脳裏を過ぎった。アルプスの少女ハイジに遇うのも悪くはないが、今はロビンフッドに会いたかった。彼の弓の腕が見たかったんだ。
 その時だった。こげん太かとばいな木の後ろから誰かがこちらへ向かって歩いてきた。よく見るとドカベン山田太郎にそっくりだったが、ボクは敢えてそこを訊ねはしなかった。彼はものめずらしそうにボクを上から下まで舌なめずりをしながら見回した。そしてこう言った。
「おめさん、嫁さ来るか?」
ボクは男前になって答えた。
「いえ、ロビン・フッドを探していますので、今は・・・。」
彼は驚いた顔をした。一瞬、切なそうな顔をしたかと思うと、また話かけてきた。
ロビン・フッドはイギリスだべ。ドイツじゃなかんど。」
全てが石に帰した。
山も川も囀る鳥さえも、その瞬間、全てが固まった。
地図帳を挿すボクの指さえも、震えが止まらなかった。
「彼がイギリス人であったなんて、知らなかったよ。石原都知事・・・。」
ただ一言そういい残し、地図帳を静かに閉じるとボクは部屋を出た。